(平成13年10月8日)

日航北京支店長


 昨今、日中関係が特に重要視される中で、中国政府が所在する北京市にある日本航空・北京支店長は、業務以外の多方面において、現地では社会的な責任を求められる立場にあります。 政治や経済のVIPはもとよりの事、あらゆる重要関係者の出入りする空港です。

日本航空・北京支店長の立場は、平素は個人的に話しも出来ないような方々と毎日のように、挨拶をしたり色々な会食の席に出席します。 又、現地の日本人会では重要な役目をしています。

8月末まで日本航空・北京支店長をしていた青山という人間の横顔を御披露します。
日常的に色々、高名な人々に会う仕事をしていると、個人の自分と北京支店長の立場の自分との区別がつかなくなってしまうのでしょう。 高位・高官への対応には非常に気を遣うが、その他の人間には横柄で配慮に欠ける部分が多い様です。 まさか日航の社風ではないと思いますが。

青山倶秀氏は、上海支店長を務めた後、1999年5月に北京支店長になりました。 歴代の北京支店長は、業務上の事はもとより、上客である中国教育部(文部省)の幹部と就任挨拶を兼ねた食事会を催すのが通例となっていました。

青山氏も就任後の11月4日、北京市にある京倫飯店「さくら」で日本料理をセットして招待しました。 出席者は中国教育部 李東翔・局長、白剛・教育部外事司課長(元在日中国大使館一等書記官)、史光和・教育部外事司副補佐(元在日中国大使館二等書記官)、浅田和伸・大臣秘書官(元在中国日本大使館一等書記官)の計五人であった。

支店長がセッティングした公式な会食では、先方の出席人数に合せて、それに見合う部下を同席させるのがマナーであるのに、何故かJAL側は青山支店長ただ一人でした。

李局長とは、彼が初めて日航の北京支店に駐在員として赴任した当時、挨拶を交した程度の顔見知りであって、決して冗談を言いあえるような親しい間柄ではなかった。
この会食がそれ以来の再会といえるのです。

青山氏を知る人は、よく言えば大変如才のない人間で一面識もない人とでも「やあやあ」と親しくなれる、悪く言えば調子のいいヤツなんですよとの人物評。 李局長に対しても「君も偉くなったけど、俺も天下の日本航空・北京支店の支店長になった!」との潜在的な意識が作用していたのでしょう。 座興の積りが大変な暴言を吐いてしまったのです。

一部をピックアップすると

「史さんは悪い人(論談・正木会長)ばかり知っているから私はコワイですよ。」
「史さんは遊び好きだから」 「史さんはハンサムだから女性にモテるでしょう。」
「私はモテる男は嫌いだ。 女性問題で必ず失敗しますからね。」
「うちの社員は(女性)問題を起こせば、一度は許しても、二度目は許しませんよ」

又、前日の10月29日に、正木会長が北京大学から名誉校友を授与されたことを、暗に批判して

「史さん、うちの兼子社長も北京大学名誉校友は貰えるんじゃないですか。」
「私だって北京大学OBだから資格はあるでしょう」
などと揶揄し名誉を傷つけたのです。

とにかく言いたい放題。 支店長の責任を背中にしょっている者が、自分が招待した席での言葉であろうか。 同席した局長に「史光和氏の悪いイメージを印象づける」意味の発言をして、その席のホストが務まりますか。 酒の肴にされた史光和氏は、実物は実直でおとなしい真面目人間です。

「正木会長は13年という長年の貢績に基づく称号の授与であり、軽々しく誰でも貰えるなどと考えて欲しくないですね。」と史氏は憤懣やるかたなしと、いった表情で語っていました。 史氏はこの正木会長の図書寄贈に関わる中国側の窓口として中国大使館・中国教育部・北京大学との諸手続や連絡を担当しているのです。

今回の会食にあたり、中国側のスケジュール調整やお膳立てをした事務方の人。 それが上司の前で悪い人と交際しているだの遊び好きだの、女好きだの等としかも公式の顔合せの席で言われれば史氏も立場はなかった筈です。 名誉を傷つけられ、いたたまれず、その場を飛び出して行きたい気持ちだったそうです。 「名誉毀損で訴える」と激怒していましたが、後日、日航の幹部が苦労され、陳謝して事を治めたようです。

正木会長は駐日中国大使館教育処の斡旋で、1987年から北京大学への日本書籍の寄贈をはじめて、今年で15年になりますが、この間 「北京大学図書館の名誉顧問」 「中国明・清時代の門外不出の古文書寄贈に対する感謝状」 「北京大学教育貢献奨」 「北京大学名誉校友」 を授与されています。

1998年5月4日の北京大学建校100周年大会では江沢民国家主席、朱鎔基首相、李鵬李瑞環李嵐清の共産党中央政治局委員会のメンバー五人が居並ぶ人民大会堂で、世界の識者や有馬朗人(前東大学長)、奥島孝康(早大学長)、成田 豊(電通社長)ら日本の識者、財界人15名とともに舞台壇上VIP貴賓席に並びました。

2001年9月1日: 青山倶秀(ともひで)氏に、「旅客事業担当役員付部長兼、オペレーション統括室長付部長を命ずる」との辞令がでました。 一層のご活躍を祈っています。