【平成2年】     住銀・イトマン事件をめぐる主な動き

年 月 日内    容
平成
 2.  1. 4


    1.23


    1.31

    1. 


    2. 1


    2.23


    2.28


    3. 5



    3.16


    3.19



    3.20


    3.22


    3.22



    3.27

    3.29


    3.29





    3.30


    4. 1




    4. 2



    4. 2



    4. 7



    4.11
     |
   (5.8)

    4.19
     |
     |
  (10.16)

    4.24



    4.24


    5.22





    5.23



    5.24





    5.24


    5.25


    5.中旬
     |
   (7.末)

    6. 1


    6. 5




    6.10


    6.初め



    6.28





    6. 



    7. 2



    7. 4



    7.18



    7.24





    7.25



    7.〜


    8.19



    8.21



    8.31


    8.下旬

    8.〜




    9. 4



    9. 6


    9.14




    9.16



    9.19



    9.23
     |
   (9.29)

    9.25

    9.末




   10. 2



   10. 5

   10. 7

   10. 8

   10. 8


   10.11






   10.16


   10.19




   10.22


   10.22





   10.23






   10.24



   10.26




   11.〜

   11. 7







   11. 8








   11. 9



   11.初旬


   11.14



   11.16


   11.19





   11.19

   12. 1



   12. 4

   12. 4
     |
     |
   12. 6

   12.上旬



   12.10

   12.10



   12.12


   12.13



   12.20




   12.末



   12.末


(東京証券取引所大発会
  下降線をたどり始める。)

日本経済新聞「雅叙園観光1,000万株の第三者割当増資、イトマングループが引きうけ再建を計画」と報道。

イトマンが許永中の企業と絵画取引を開始。

(日銀、平成元年5月以来3回目の公定歩合の引き上げ実施
    平成元年5月(2.5%)→(4.25%)となる。)

伊藤寿永光がイトマンの理事、企画監理本部長として正式入社、新規不動産開発事業を統轄。

日本経済新聞記者、イトマンの経営実態を調査のため、住銀磯田会長私邸での夜討ち取材を開始。

雅叙園観光が1,000万株の第三者割り当て増資実施。
イトマングループが970万株を引き受け。

イトマンは伊藤理事の大阪府民信組からの借入415億円と135億円の無担保状態を解消するため、連帯保証するとの予約念書を大阪府の監査対策への協力のために差し入れた。

住銀の顧問弁護士が巽頭取を訪問、伊藤寿永光と山口組との関係を警告。“イトマン危うし”と。

住銀、磯田会長と巽頭取が顧問弁護士の警告をうけてイトマン問題を協議。
両者共通の認識に立つ。

(日銀、公定歩合をさらに1%上げ年5.25%となる
   昭和61年以来4年ぶりに5%台にのった。)

(東京証券市場 日経平均株価、平成元年12月26日以来
   1年3ヵ月ぶりに3万円台を割る。)

住銀巽頭取、河村社長を呼び、伊藤理事の退任と、不動産投融資の大巾圧縮を要請。
河村社長は伊藤人事については拒否す。

(大蔵省「総量規制」を4月から実施に決定)

河村社長、太田清蔵・東邦生命社長と東京料亭で会談。日本レースの経営問題などを話し合う。

日本経済新聞記者、住銀磯田会長私邸での第3回目の夜討ち取材、磯田会長苦悩の色濃し。
「1ヵ月ぐらいかけて本店営業部でイトマンを調査させる。伊藤を副社長にするようなことをやらないでくれればいいが、伊藤に1千億円ぐらいやれば縁は切れるであろう」と

住銀からイトマンへの融資300億円(銀座土地担保)を最後に秋までストップ。

伊藤理事、自己の担当本部内に審査部門を取り込み、その独立性、チェック機能を喪失させた。巨額の資金がチェック機能も働かず、伊藤の恣意のまま流出するようになる。イトマンの伝統的な審査システムは崩壊す。

住銀磯田会長、河村社長会談、大阪ミナミの料亭で行われ、河村社長会長へ勇退、後任社長に西副頭取の人事案を提示。河村社長は了承せず。

イトマン、伊藤理事の瑞浪ウイングゴルフクラブに234億円融資。(ゴルフ場開発未認可の段階での融資)
銀座地上げ資金返済などに流用。

西武百貨店、つかしん店(兵庫県)外商課長、鑑定評価書を特別印刷し、許永中ルートのイトマン納入絵画、211点中145点に添付した。河村社長の監査対策であった。

イトマンは許永中の「さつま観光」に対し計200億円を融資。

企画料30億円、先取り金利29億円を営業収入に計上。

大正不動産、河村社長の要請によりイトマン株計536万株を取得。(79億円)

伊藤理事も355万株を取得。

住銀磯田会長、かねてより警戒し、河村社長にも退任を求めていた伊藤理事と初めて会う。於:ホテル日航大阪
伊藤理事は1ヵ月も経たないうちに、磯田会長を籠絡した。

イトマン、許永中系の富国産業と日本レース株売買を契約、250万株(35億円)を相対取引で購入。

日本経済新聞記者、住銀磯田会長私邸での第4回目の夜討ち取材。
「徹底的に調べさせる。安宅産業のようなことはないはず。調べるまで待て、伊藤理事は2年で辞めさせる」と。
(注)即時退任から大きく後退)

河村社長 広島・庄原の600億円にのぼる大型リゾート開発計画の説明会を現地で開催。
(自民党 亀井静香代議士〔許永中の紹介〕の地元)

日本経済新聞、第1面に
「イトマン、土地・債務圧縮急ぐ/住銀、融資規制受け協力」の記事を掲載。
河村社長、決算発表(平成2年3月期)の席上、この記事に猛烈に反発、強気の発言を行う。

河村社長、雅叙園観光の会長に、伊藤理事、副会長に夫々就任。

日本レース株を12.5%取得。6月末にイトマン常務を同社社長として派遣、再建に協力と発表。

イトマン従業員一同名による大蔵省銀行局長宛
「内部告発文書」5通が順次届く。
河村社長は苦悩、神経質になる。

関西新聞(許永中系)の池尻一寛社長ら4人、広報部門の強化の目的で、イトマンへ入社。

イトマン会長故伊藤 寛の社葬実施。
於:南御堂難波別院(5/4逝去)
滝本(イトマン系列)社長 伊藤直三、イトマン会長に就任。

住銀常務東京営業本部長 松下武義(磯田会長の懐刀)がニューヨーク支店駐在を命じられ左遷。

大蔵省銀行局、住銀の担当者を呼び、事業聴取をはじめる。住銀内部にはイトマンへの対処方針決定先送りの空気強くなる。

イトマン定時株主総会開催。波乱なく約20分間で終了。伊藤理事は筆頭常務に就任。名古屋支店長(伊藤プロジェクトの窓口責任者)は専務に昇格す。
また、伊藤の義兄スウィニー(在ハワイ)、伊藤紹介の設計事務所代表者は夫々取締役に選任される。

コスモワールドグループ(代表者 熊取谷 稔)から4ゴルフ場の会員権の独占販売権を取得。
(現金100億円、手形850億円 計950億円支払)

河村社長、伊藤常務が元外相、自由党党首柿沢弘治代議士と会食。
(於:東京向島 料亭)

米国カリフォルニア州、ハワイ州で大規模住宅開発事業に着手と発表。
平成6年完成計画 892億円投資の大事業

河村社長、伊藤常務、福本邦雄近畿放送社長、許永中らが元首相 竹下登と会食。
(於:東京・銀座・吉兆)

イトマン、雑誌「経済界」7/24号に「企画監理本部の新設は河村・イトマンの起爆剤となるか」のちょうちん記号を掲載。8/26号にも「伊藤寿永光、雅叙園観光問題で独占告白」を掲載。
河村社長は2億円、伊藤も5千万円を夫々支払う。

「ジャパン・スコープ」(黒川洋経営)に絵画取引の仲介手数料5千万円をイトマンが振込み送金す。(10/18には返却されている)

日銀考査局、住銀を呼びイトマンへの融資実態の調査開始。
住銀独自のイトマン調査は未着手。

イトマン従業員一同名の内部告発文書(No.6)が住銀会長 磯田一郎宛発送された。
磯田個人のスキャンダルをあばいたもの。

コスモワールドのオリックスからの借入360億円についてイトマンが債務保証、結局イトマンの信用供与は計1,210億円の巨額にのぼった。

5ヵ月間も事態を放置していた住銀、重い腰をあげ調査部チームがイトマンの本格的調査を開始。

絵画、許永中グループからの追加購入決定。

6月から順次
 エム・アイ・ギャラリー | の三絵画取引別会社を設立
 ジー・エム・アイ    |(専属スタッフ不在、古物商未許可)
 画廊イトマン      | 

イトマンが絵画代金として約140億円の手形振り出し、うちCOPYが一部街金融へ出まわり、マスコミの取材攻勢さらに活発化す。「絵画疑惑」表面化す。

「週刊新潮」9/13号で「イトマンが常務に迎えた地上げ屋の力量」と題する批判記事を掲載。

住銀 巽頭取、河村社長会談 於:住銀本店
 巽は河村に対して初めて退任を求めた。
 河村は不動産投融資の圧縮計画を説明。
 また住銀調査チームの調査延長に同意す。

日本経済新聞第二報を報道
「イトマングループ、不動産などへの貸付金1兆円を越す/住銀、資産内容の調査急ぐ」

アルカディアコーポレーション代表者、小早川茂は宅見組舎弟とともにイトマン伊藤常務と面談
伊藤の要請をうけて小早川がマスコミ対策を引き受ける。

河村社長 アメリカ西海岸へ出張。

ペブル・ビーチ他を視察(コスモワールド熊取谷代表同行)

大蔵省、住銀の検査開始、約4ヵ月の長期にわたる。

住銀磯田会長、河村社長、伊藤常務、「週刊新潮」の10/11号の住銀会長、イトマン批判記事に対する対策を協議。於:大阪ヒルトンホテル
磯田会長 女性作家(山崎豊子)に工作を依頼したりする。

河村社長、伊藤常務協議のうえ、小早川茂より申出のあった箱根霊園融資名目の40億円に対し10億円の融資を決定。10/9に実行す。小早川のマスコミ対策用の色彩強し。

住銀 北青葉台支店長、出資法違反容疑で逮捕。

住銀 磯田会長、辞意表明(日曜日であった)

イトマン株100.-のストップ安 843円で引ける

イトマン副社長、河村社長に代り記者会見。
「磯田会長辞任の影響全くなし、河村社長の辞任もなし」

河村社長(10/8は不在)が記者会見
「平成2年度中の不動産投融資の3,500億円圧縮に加えて、平成3年上半期中にさらに3,500億円を圧縮する」と表明。また「南青山土地買収の見通しが立ち、設計に入った。来平成3年には着工、2年程で完成させる」と強気の発表を行い、住銀首脳たちを唖然とさせた。

住銀経営会議開催、磯田は欠席、事前の多数派工作に完敗し、相談役に退く。14年間の磯田支配に幕が下りた。

伊藤常務、河村社長とともに初の記者会見(大阪貿易記者クラブ)
時間30分、代表質問に限る。個人に関する質問は不可という異例の注文の付いた会見だった。

河村社長、広島・庄原市で例の大型リゾート開発は予定通り積極的に推進すると再度説明会を開催。

朝日新聞(夕刊)、「伊藤氏、コスモポリタン(池田保次)に巨額融資、270億円を三年前に/地上げ、仕手の資金?」とのスクープ記事を社会面トップに掲載。経済事案だったイトマン問題が初めて社会問題として取りあげられるようになる。

国税当局、河村社長の自宅の等価交換(昭62/11兵庫県・苦楽園(270m2)と同県・夙川(557m2)との等価交換、交換相手は不動産会社「大和地所」(大阪市)だった。当時大和地所に対し約397億円の貸し付けがあった)について税務調査を開始。一旦は等価交換申告を認めていた税務当局が、異例の調査にふみ切った。

河村社長、全社員に総額5億円の臨時ボーナスを支給。
平成元年に110億円、平成2年に130億円という100億円台の経常利益を達成した褒賞という名目だった。

住銀巽頭取、玉井副頭取、河村社長を本店へ呼び河村・伊藤を含む経営陣の刷新を言い渡す。
河村社長は「資金手当は自分でする」と拒否。
会談決裂す。

イトマンの大手取引銀行4行はL/Cの開設をストップ。

住銀 巽頭取、河村社長会談 於:大阪ヒルトンホテル
「今日中の河村退任発表、できなければ資金援助中止」と言い渡すも、河村は「銀行の介添えは不要。伊藤常務は自分で処理する」と頭から拒否す。
引続き、住銀前会長磯田、河村社長、伊藤常務の三者会談がもたれた。磯田は「辞任しなければ、会社更生法の申請だ」と迫る。河村全面拒否。

河村社長上京、自民党代議士、亀井静香事務所を訪問、改めて窮状を訴える。
亀井はその場で住銀首脳へ「なぜ河村をいじめるんだ」などと電話する。
朝、住銀大上常務と伊藤常務との合作とされる「河村退任記者発表」原稿が誤ってイトマン広報部にFAXで舞い込み、河村社長の手に渡り河村は激怒、伊藤の裏切りに対し、クビを言い渡す。

「伊藤常務の辞任」突然PM3:30貿易記者クラブにニュースレターが届く。記者クラブからの再三の申し入れにより副社長PM6:00過ぎに会見、河村のコメントを代読。

住銀、ついに自行の信用保持の大義名分のもと、イトマンを本気で支えることを決断。

住銀 巽頭取、河村社長会談。河村は過去の住銀に対する貢献を訴える。
住銀からの派遣チームの件協議。

住銀巽頭取、河村社長は住銀十河常務ら5名をイトマンへ派遣することで合意、夫々記者会見し発表す。

イトマン平成2年度中間決算発表、当初のAM11:00の予定をPM3:00に変更、売上高は3,632億円(前年比17%増)、経常利益は前年比64.9%減の23.6億円となる。貸倒引当金の積増し約44億円が原因と説明。
通期では経常利益100億円をめざすと強気の見通しを発表。

住銀十河常務を副社長含みでイトマンへ送りこむ。

イトマン専務・名古屋支店長、自宅浴槽内で自殺(事故死?)
地元警察署は自殺と断定、解剖はしなかった。

関西新聞池尻社長らの広報担当を解任。

河村社長、取引銀行に対し「金融機関説明会」を開始。住銀副頭取も出席し公式に

全面支援を宣言。

住銀のイトマンに対する債権額は(9月末1,700億円)3,000億円に膨らむ。
他行引き受けのCP債権の肩代りのため。

(神戸地検検事正 土肥孝治、大阪地検検事正に就任)

大口株主の開示制度(5%ルール)で許永中グループの海浜開発がイトマンの筆頭株主と判明。約2,094万株保有(10.27%)

自殺したイトマン専務の社葬を河村社長が葬儀委員長となり挙行。

河村社長、住銀巽頭取と会談。
河村、故専務の遺書を巽に見せる。自分の責任問題には全く言及せず。

河村社長、自分の年俸2千万円を突如7千万円にお手盛り引き上げをはかる。
約1週間後住銀からの派遣チームが発見。巽頭取承認せず回収をはかる。

大阪府民信組の経営危機表面化。
預金残12/末に約2,880億円におちこむ。10月末残は3,560億円だった。

住銀のイトマンに対する債権残高は5,000億円を超えた。


昭和 平成元年 平成3年 平成4年 平成5年 平成6年

目 次  巻末 参考資料