(平成11年7月16日)
第七章 富士銀行幹部の犯罪とその役割
富士銀行長尾調査役の犯罪の数々
● アールマインド田村社長と上野ビルに関して
アールマインドが富士銀行に入り込んだ経緯は前章でのべたが、初めの数か月間は、つつがなく業務が流れていた。
しかし、徐々にその化けの皮がはがれて行くことになる。
田村社長は 「アールマインドは芙蓉グループの一員である、富士銀行の行員も当社のことをよく知っており、社長の田村と言えば富士銀行支店長はじめ本部の行員全てが、VIP扱いにしてくれている」 と社員に吹聴していた。
アールマインドの社員のほとんどは、サラ金勤務経験者か元暴力団末端構成員でありクレジットカードを持ったことのない (審査ではねられていた) 社員ばかりである。
その社員が試しに富士カードの申し込みをしたところ、すんなりカードが手元に届いた。
その社員の噂がたちまち社内で広がり、「社長の言っている事は、本当だぞ、オレ達は本当に大会社の一員になったんだ」 と話合うようになった。
このカード発行に活躍したのが長尾である。
長尾はアールマインド全従業員の申込書を取り纏め無審査でカードを発行させた。
役員にはカードの中でも最もステータスが高いと言われ上場企業の役職者しか持つ事が出来ないと言われているダイナースカードを長尾自身が推薦状を書き発行させている。
社員ばかりか役員までもこの長尾の粋な計らいに狂喜乱舞した。
最初は、長尾もたかがカード発行で、これほど喜ぶとは思っていなかったらしい。
その後も長尾はカードを発行してやる事で恩を売る手口を何度となく使っている。
当然、私も含めて神洋信販の役員もダイナースの会員となった、社長の中野は彼の友人である稲川組の幹部達にも次々にカード発行の斡旋を行っている。
今まで、現金でしか飲めなかった連中がカードでスマートに代金を払う、しかもそのカードがプラチナカードと呼ばれているダイナースカードである、クラブの従業員にも尊敬の目で見られ、ほかのヤクザとは違うんだとの自尊心が彼らをくすぐった。
長尾はリスクの伴うこんなことを好でやった訳ではない、初めは確かに好意から始まったが、発行してやったカードで接待を受け、彼らの喜び方が異状であることにきずき手数料を取る事を思いついた。
話を元に戻そう、アールマインドの社員は富士銀行を影で支える立役者であるとの自尊心を持つ様になっていた。
富士銀行の支店に私用で行き、冷たい態度で対応する行員に 「オレはアールマインドの社員だ」 と名のり、それでも態度を変えない行員を見て、トラブルを起こす事件が何件も起こっている。
札幌支店ではアールマインドの社員が店頭のカウンターの上に上り 「アールマインドを知らないのか、オレは市場開発部の長尾と友達だ」 と息巻いている。
この事件は、即、長尾の耳に入り、長尾は問題を表面化することなく、もみ消している。
長尾は田村に本件に付クレームを入れ迷惑料を取った事は言うまでもない。
アールマインドの元役員の話では、事あるごとに現金を請求されて、銀行員とはこんなにも金に汚い人種かと思ったと言う。
田村は全情連データの不正取得による利益を元手として上野に自社ビルを立てる話を思いつく。
長尾からは、土地の評価を水増しすることに付、確約を取りつけてある、毎月の返済はこのまま、信用照会データを増やして行けばまったく問題がないかに見えた。
上野のビルの地鎮祭の時には、鈴木次長、長尾、溝川も招待し、しっかり写真を取ることも忘れなかった。
その後、田村はこの写真を持ち歩き、頭取の名代として鈴木がクワ入れをしていると話、富士銀行及び系列ノンバンクの融資担当者に見せている。
このアールマインドの上野ビルは田村に取って格好の質種になっている。
富士銀行は当然のこと、系列のノンバンクから、このビルを担保に次々に融資金を引き出している。
なにしろ、担保評価の総責任者が長尾であり、評価額の算定をするのが、長尾の息のかかった神洋である。
元神洋社員の話によれば、アールマインド田村の上野ビルの評価額については、何回も評価額の見直しをさせられたとのことである。
一件の不動産調査の処理の終了は、長尾が確認の印鑑を押すことによって、完了する。
その長尾が首を縦に振らなければ、長尾の納得のいく金額を記入するしかなかったと、元神洋社員は証言した。
その社員から神洋に面白い、ノートがあることを聞き出した。
不本意ながら長尾に評価額の訂正をしいられた不動産案件については、(n)のマークを付けた、受付簿があったとのことである。
たしか、赤坂支店不正融資のおり中村扱いの融資案件に(n)マークがついていた話が出ていたが、なんと神洋事件にもこの(n)マークが登場している。
同じように、鈴木支店長による評価の見直し案件については(s)マークが付いているとの事であった。
自信を持って評価した調査結果を不当にねじ曲げられた、神洋社員の声なき叫びが (n)(s)マークだったのである。
● 愛人に渡した二千万円 ●
長尾の女癖の悪い事は、銀行内ではかなり有名な話である。
アールマインド田村が、いつも引き合いに出している最初の金銭授受の話も、やはり女性関係のトラブルから、融資 (?) を申し込まれたとの話である。
田村があちこちで話をしているせいか、この話は色々な尾鰭がついているが、複数の証言を元に話をまとめると、真実はだいたいこの様な事である。
アールマインドと富士銀行が正式な業務提携契約を締結する一か月程前、長尾は田村に電話をしている。
「社長に相談したいことがあるんだが、社長と二人っきりで逢いたい、どこにでも行くから場所を指定して欲しい」
田村は彼がオーナーであった赤坂にあるクラブ・たあちを指定した。
田村は長尾の指定する一人で来て欲しいと言う要望を無視し、専務の工藤とニ人でクラブ・たあちで合っている。
「工藤はオレと兄弟みたいなもんだから、長尾さんあなたとも兄弟同様のつきあいをしようと思っている。 何かあって、オレが居ない場合困るから、工藤にもみんな聞かせるが、何の心配もいらない」
田村はこう言って長尾を安心させた。
何かまずい話になると感じた田村は、証人を同席させたのである。
田村の言葉に安心したのか、長尾は女性問題でまずいことになった、銀行にバレルと今の部署から異動させられ、田村との関係も続ける事が不可能になるかもしれない旨を切々と訴えたとの事であった。
田村は 「いくらあれば話がつくんだ。 オレが今から行って話をつけて来る。 場所を教えてくれ」 と長尾に詰め寄っている。
長尾は、「五百万です。 それ以上社長に迷惑はかけれません、五百万あれば自分で話がつけられます」 といい現金だけ田村に面倒見て欲しいと返答した。
田村は 「分かった、金は明日会社に用意して置く。 問題があれば、すぐに相談してくれ、オレ達は友達じゃないか、もちろん富士銀行には口が裂けても言わないし、ここに居る三人だけの秘密と言う事にしよう」
この瞬間、長尾と田村の立場が逆転した。
今までは、慰労のための飲み食い (接待) で帰宅が深夜となった場合のタクシー代を、工藤が渡そうとすると、僕らは銀行からタクシー券をもらって居ますからと辞退していた長尾がこの日は躊躇しながらも受け取ったとのことである。
このタクシー代は、やがて二万円から数十万円へとエスカレートしていく事となる。
長尾のアールマインドによる女性問題に係る資金援助の話は単なる噂としては列挙にいとまないが確信がもてない物も (田村が噂の震源地となっている) 多く此処では取り上げない事とする。
一方、神洋に対しても長尾は女性問題の尻拭いを社長の中野、専務の茂木に依頼している。
その中でも、中野がイタイ出費だったと、よくボヤイテいた事件を紹介する事としよう。
相手は、富士銀クレジット (FBC) にパート (常駐しており、準社員的扱い) として勤務していた 高橋 恭子 である。
この話は、富士銀行内及び FBC内では有名な話で、長尾が福岡支店に異動になった際も、福岡に同伴で行っている。
勿論、銀行には単身赴任と言う事になっているが、転勤当初は単身赴任用の富士銀行寮に住んでいたが、しばらくしてマンションヘと移っている。
当然、高橋某と長尾の住まいであり、手続き及び費用は中野が一切負担している。
話は、長尾が福岡支店に転勤する一年程前の年末にさかのぼる。
長尾と彼女は中野に借りてもらった、市川市内のマンションの一室に居た。
彼女から妊娠した事を内あけられた長尾は、どのようにしてこの場を取り繕うかと、言葉を選びながら、彼女を説得していた。
その時、突然に彼女の母親がマンションのドアーを開けたのだ。
彼女の生活の派手さが不思議だと常々思っていた、母親は現実を目のあたりに見て、狼狽した。
彼女の母親は長尾を詰り、銀行にも訴えると息巻いた。
困った長尾は中野と茂木を市川のマンションに直来て欲しいと呼び出している。
もともと、このマンションは中野・茂木と長尾が秘密の打ち合わせを行う場合に利用しており、彼女は三人が話していた秘密の話を聞いている。
彼女が銀行に洗いざらい話をすれば、困るのは長尾だけではなく中野を含め神洋に取ってもまずい事になる、そう思ってか中野と茂木は車で数十分で駆けつけた。
長尾は彼女の母親の強硬な態度にどうする事も出来ず、離婚して彼女と再婚する事までも約束させられていた。
駆けつけた中野は、ことの一部始終を聞き焦って母親と彼女を説得したとの事である。
中野は高橋某の名義で二千万円の定期預金をすることを約束し、結婚は今の所あきらめて欲しい、しかし慰謝料として二千万円は彼女がすきなように使って構わない旨の条件を出し、彼女と母親を説得している。
その他にもヤクザのひも付きのホステスに手を出し、私がお金で片を付けた話はいくらでもある。
この長尾の性格も神洋を追いつめた原因の一つかも知れない。
● 福岡支店、副支店長としての不正 ●
おもしろい事に、市場開発部 (業務開発部) とまったく関係の無いセクションに異動になったにも係らず、アールマインド田村と神洋中野・茂木との連絡の耐える事はなかった。
アールマインド田村には昔から、支店に出た際には恩返しをするとの、約束通り田村の持ち込む不動産融資案件の取り纏めを行っている。
中野との関係は第六章でも一部取りあげているが、銀行員としての関係よりも、不動産ブローカー及び不動産融資に係る金融ブローカーとしての役割を果たしている。
長尾宏が業務開発部から福岡支店の副支店長と言う責任あるポストに転じたのは平成二年五月だった。
福岡支店は富士銀行が重点地区とする九州拠点の牙城であるところから支店長は、参与(一般支店長より格上) で東大卒のエリートが就任するのが古くからのしきたりとなっていた。
左遷を考えていた長尾は、支店長の片腕ともなる副支店長就任の辞令に本人自身が驚いたと知人に告白している。
とくに、行員の間では 「神洋」 の中野社長との黒い関係が指摘され、業務開発部内の女子業員と不倫騒ぎを起こすなど評判は思わしくなかった。
それだけに副支店長下命の栄転に 「何故、あんな奴が・・・」 と疑問の声が多く聞かれた。
長尾は九州大法学部 (昭和五十年) を出た直後富士銀行に入行した。
福岡支店長は頭取コースを着実に歩いている東大経済学部を出た十年先輩の平島取締役だ。
平島は元常務の澁谷 (現在富士総合研究所社長) の懐刀と呼ばれていた時代もあり、本店においての長尾の悪評は平島支店長の耳にも届いていた。
着任したばかりの長尾に向かって支店長はをいげなく言った。
「不祥時続きの金融界に対する一般社会の不信感は増長した感じだ。 銀行が本来持っている社会的使命、社会的な存在意義がその倫理感とともに大きく問われていることをしっかり認識を新たにし・・・・頼むよ」
長尾は支店長の注意を神妙に受けとめながら 「信用回復のため精一杯頑張ります」 と簡単に誓いの言葉を返し、広い店舗の中央に位置するデスクの席に戻った。
「倫理観を強く持って、社会的指命を忘れるな」 とエリート支店長らしい説教は、長尾の胸に一本の針をチクリと刺したはずである。
福岡支店着任は、“単身” という触れ込みであった。
だが、家族は千葉県佐倉市の自宅に残しているのは事実だが、妊娠している愛人 (元FBCパート) を同伴しての赴任であった。
長尾の荒れた日常生活と性格をよく知っている元同僚は眉をひそめこう言いはなった。 「社会道徳とか、倫理感と言った言葉は長尾には通用しませんよ。 長尾の女たらしは、富士銀行内でも知らぬものはないんだから・・・。 神洋の中野社長が流し込んだ旨みな
“毒” の侵食にどっぷり汚されているんだから軽率な行動も平気でやってのける男だからね・・・」
女子行員と不倫騒動を起こしても、上司の注意に対し、長尾は 「尻軽な女だから・・・」 「ベットでは巧みに腰を動かす女だよ」 と平気な顔で口にしたと言う。
中野社長から六億円の融資申し入れが長尾副支店長の許に届いたのは、手切れ金騒動にケリをつけた間もなくのことだった。
東京に本店を構える業者への融資を福岡支店で実行するのは不可能なことであった。
そこで長尾副支店長は、赴任間もなく懇意になった顧客の宮本建設社長から融資相談を受けていたこともあって一計を考えた。
手切れ金問題で窮地を救ってくれた中野社長に大きな借りをつくった手前もあって六億円融資を断ることは出来なかったと思われる。
こうしたなかで宮本建設からは二億円の融資相談があったばかりだった。
福岡支店の応接室に宮本社長を呼び入れた長尾副支店長は、素直に融資問題に入っている。
「支店で実行するとなれば時間が必要だ。 そこで、東京の知り合いから二億円を寸借りして協力するが、その条件として富士銀行と密接な関係にある会社 (神洋) の手形 (額面五億円) をどこかのファイナンスに差し人れ、四億円を作ってくれないか・・」と、申し入れ、宮本社長の承諾を取った。
ともかく二億円の資金が必要だった宮本は即座に OKしたと言う。
長尾は宮本の目の前で東京の神洋へ電話を入れた。
社長の中野は不在だった。
かわりに専務の茂木が代わって対応した。
「社長から六億円の融資申し込みがあったが支店 (福岡) で即刻融資するのは難しい。
そこでお願いだが、二億円を至急送金してくれないか。 現金が駄目なら手形でも結構だよ。 もし手形ならば額面を五億円か六億円にして欲しい。 倍にして四億円で返すから・・・」
長尾は一気にしゃべりまくり資金調達は大丈夫と茂木の耳に聞かせ安心させた。
茂木は、長尾が副支店長の立場で物をいっていると信じ、宮本建設を受取人とし、手形を三枚に分割し総額五億円の約束手形を振り出した。
四億円は二億円を現金化した四日後に送金すると言う約束だったが、一週間後になっても約束の四億円は送ってこなかった。
茂木専務の話では、手形三枚の内一枚は金額の記入していない白紙で渡したと言う。 茂木専務は 「約束が違う」 と長尾副支店長に電話を入れ文句を言った。
「四億円がだめなら、二億円と手渡した手形三枚も返してもらおう・・・」
明らかに長尾への不満が含まれていた。
長尾は、あわてて、宮本社長と打ち合わせてから
「取りあえず一億五千万円を送金するよ」 とその場逃れの回答で電話を切った。
だがその一億五千万円もなかなか届かなかった。
長尾は何を考えているのか分からない。
電話交渉ではラチがあかないと、茂木専務は友人である 「亜細亜民族同盟」 の幹部を伴って福岡支店に乗り込んだ。
一昔前まで大阪地区で鉄砲玉集団としてしられた暴力団柳川組が解散後、組織された右翼団体として知られる亜細亜民族同盟の一人だけに、相手を威圧する迫力を持った男を同伴したのである。
茂木は好き好んでこの男と福岡に来たのではない。
茂木が宮本に直接電話をかけ、返済を要求した時、宮本は地域の暴力団の名前を出し、来れるものならいつでも来いと凄んで見せている。
福岡支店の店舗近くの公衆電話ボックスから電話で長尾を呼び出し、支店近くまで来ていることを伝えると 「西鉄グランドホテル」 に向かうように言った。
支店内で勇ましい声で騒ぎ立てられたら困るからと言う長尾の精一杯の抵抗であったと思われる。
長尾は今日まで言い訳ばかりを言い続け送金約束を反古にしていただけに、福岡に乗り込んで来た茂木らに対して、今日はどんな口実で思いをめぐらせながらホテルに向かったのであろう。
顔には笑顔さえ見せて茂木の前に現れたそうだ。
先着していた茂木は、いかつい男と並んでロビーのソファーにどっかと腰を落として待っていた。
長尾はいかつい男にちらりと目をやりながら茂木に視線を向け 「迷惑をかけ申し訳ない」 と深く腰を折って頭を下げた。
「四億円の話は後にして、送金すると言った二億円は今日返してもらえるやろうな」
茂木は、長尾をじっと見つめた。
傍らのいかつい男の口が微かに動いた。
「あんたな、副支店長さんやそうだが、手形の一件は支店長も知ってるんやろうな・・・」
念を押して顔をしゃくり上げた。
長尾は、やくざっぽい口調にびっくりし、警戒心を強めながら上着のポケットから小さな一枚の紙片を茂木に手渡した。
「今日、正午すぎに送金したばかりですよ。 遅くとも明日の午前中に入金になると思います。 資金調達にちょっと手違いがあったものだから遅れてしまい申し訳ない」
長尾は、くどくどと言い訳を繰り返しフウーッとため息を吐き出した。
茂木は一枚の紙片をあらためて見た。
たしかに一億五千万円の数字を記入した富士銀行福岡支店の送金振込伝票のコピーであった。
「副支店長の君が送ったと言うことだから信用するがね、小切手とは違い不渡りなどになる恐れはないだろう」
茂木は皮肉をとばしながらも、不審な思いで送金伝票から顔を上げた。
長尾副支店長自身が見せた送金伝票である以上、一億五千万円はひとまず取り戻したと言う安心から、残る五千万円と宮本建設に渡した手形を早急に回収するように厳しく言い残し茂木は福岡を引き揚げた。
翌朝、神洋の口座を開設している富士銀行虎ノ門支店へ入金の有無を尋ねると 「入っていません」 と事務的な答が返って来た。
さらに正午過ぎに入金状況を問い合わせたが、入ってないと言う同じ答だった。
送金伝票を手にした時、茂木には懸念がなかった訳ではなかったが、副支店長の男がじきじきに 《送金振込伝票》 のコピーをみせて送金したと断言した以上、嘘をついているとは思わなかったからだ。
「長尾の野郎、言い訳がつかないために緊急避難に偽造した伝票を持参し、時間をかせぎやがった」
長尾への不信感が一層強くなっていった。
偽造した伝票となると、これはちょっとした問題に仕上げることが出来る。
責めるならば福岡支店長を相手に、撤底的に追求する必要がある。
そうは思ったが責める前に、福岡支店に電話を入れて長尾を呼び出した。
「キミは、どういうつもりか知らんが、偽造伝票までつくり、あたかも送金したかのように俺を煙に巻いたが、宮本建設とぐるになって手形をパクッタと理解していいんだね。
神洋からリベートをもらっていることも俺が一番知っているんだ。
ここまで俺に言わせるのか。 明日そちらに行くが、今度は支店長と面談し、これまでのいきさつを説明して解決したい」
茂木は一気にまくしたてる様に言った。
長尾は、これまで耳にしたことのない茂木の怒りの声に慌ててしまった。
平島支店長に宮本建設に回した金のことや偽造した送金伝票の一件をしゃべられては、これまでの悪事が洗い出される恐れがある。
すっかり怖けずいた長尾は、急いで宮本を支店に呼んだ。
「茂木は怒っている。 支店長とじか談判して解決したい気でいるようだ。 そんな事されてはまずい。 ともかく早急に金を用意しなくちゃ、茂木は承知せんだろう。 君も金を作りに走ってくれないか」
長尾はひきつらせた目で、官本の顔を見た。
「副支店長が彼とどんな言い回しで約束したのか知らんが、約束の返済期日に間に合わせなかった責任は俺にもあるんだからなんとかするよ」
宮本は、自分のバックより茂木のバックの方が力のある事が分かった今、ややこしい問題にかかわりたくないような顔つきで返済金つくりに協力することを約束した。
偽造した振込伝票の一件を平島支店長にバラすといったことが功を奏したのか、茂木が福岡支店に入ると、長尾は副支店長らしく愛想笑いを続けながら迎え、茂木の耳元で、「現金で一億五千万円を揃えています。 残金は数日のうちに間違いなく私自身が運びますから・・・」 と、口早に小さな声で言った後 「支店長は外回りに出かけ留守なもんで・・・」 と支店長との面談はかんべんしてくれといわんばかりの言葉で手を合わせ頭を下げた。
茂木は一億五千万円を受け取り、自ら送金した後、一言念を押して質問した。
「送金伝票を偽造してまで嘘を言い張るのは銀行の幹部がやる事ではない。 伝票は偽造したんだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
長尾は口を動かしていたが言葉は出なかった。
そして、目を閉じ頭を深く下げたのである。
以上が私が茂木から聞いた、長尾の振込伝票偽造事件のあらましである。
私の手元には、その振込伝票のコピーがある。
苦し紛れとは言え、富士銀行の副支店長のやる事とは今だに信じられない。
送金伝票のコピー添付
● ニセ情報のリークとその波紋 ●
長尾は富士銀行内で新規案件、新規企画が持ち上がるごとに、神洋 (当初はアールマインドも含む) に、あたかもその企画が、神洋を絡ませて実行される様な報告を行っている。
神洋側でもその度に、それ相応の準備をしたりしていたが、時がたつにつれほとんどが、ボツになる企画であり、まして長尾の言う神洋の儲け話なしに繋がる案件はめったに無い事が分かっていた。
大阪地区での不動産調査を神洋に全て任せる、それだけではなく大阪地区の親密銀行にも声を掛けている。
と言う話は、かなり具体的な話として伝わってきたので、大阪に支店を設立し調査員の募集も行い、規模も東京と同じ程度と考えていたやさきに縮小の話があり、大いに慌てたと言う事もあった。
長尾のやったニセ情報のリークは神洋とアールマインドだけではない。
巧みな方法で富士銀行にもニセ情報を流し、幹部の判断を惑わせ自分の都合のいい仕掛けを造ろうとしている。
その中で、私の存在に係っている大きな仕掛けを幾つか紹介する事としよう。
(1) 赤坂飲食事件
赤坂の高級クラブでやくざの林、溝口と富士銀行の鈴木、中西が飲み歩いていると評判になっている。
溝口とは溝川の間違いで中西と言うのは長尾もしくは中島の事を言っていると思う、これは銀行内でも問題となっている、よって今後長尾の話は私を通す事無くダイレクトに中野と話す。
溝川、中島の名前も上がっている事であるし、彼らとの付き合いも今後一切やめて欲しい、そうする事が彼らのためにもなり神洋の為にも成るのだから、よろしく頼むと長尾からの申し入れがあった。
後日の調べでは、鈴木は酒を飲めず、中島は溝川とはよく飲みに行っていたが、私とは、飲んでいない事を富士銀行では知っていたらしい。
どうやら、私と溝川を神洋から遠ざけようとした長尾の陰謀であったと思われる。
(2) 富士銀ファクター名刺事件
私の取り引きでダイヤモンドを扱う会社との打ち合わせを神洋の会議室で行った事が何度かある。
当然、神洋の中野も打ち合わせに参加しており、富士銀行の不動産調査をしている、会社であり信用状況を調べて頂いても結構ですとの話をしている時、別件で溝川が神洋に来ており、名刺の交換だけを行った。
一か月ほど経ったある日、具体的取り引きの打ち合わせを終えた、当日その会社から、既に取り引きのあった富士銀ファクターに溝川の信用照会があり、今まで打ち合わせをしていたような照会が長尾の元にあったとのことで、溝川に名刺を使わないように、また神洋に利用されないようにとの忠告が富士銀行側からあった。
当日、溝川は市場開発部のミーテングに該当の時間は、参加しており、激しいクレームを私に入れ、神洋の事は今後一切話さないで欲しい旨連絡があった。
本件も長尾が溝川を遠ざける為、意識的に銀行内にリークしたと思える事件である。
(3) 富士銀行総務部名刺事件
富士銀行が経費を出してパレスホテルのスイートルーム二部屋に住むという、事件やの宮崎某が総務部の部長をレンダース情報不正利用の件で恐喝に行った際、溝川の名刺を間違えるふりをして出したと言う事件である。
この宮崎某は溝川の名刺を持っているはずがなく、この話は意識的に、鈴木に聞かせる為、長尾が総務部・本行部長代理と造りあげた話だと思われる。
この手の話を長尾自らが造り上げ、都合の悪く成った私、溝川そして鈴木を銀行の総意という形で神洋の側からはずし、情報の流出をガードしている。
● レンダース情報の不正取得価格 ●
レンダース情報の取得価格は前章でも述べた通り@二十円程度である、ところが富士銀行では二百倍の@四千円を支払っている。
銀行員でこの価格の倍率を知っている人間は数人しかいなかった。
当初アールマインドとの契約時は同社が委託を受けていた、当時西武クレジットと同額の一件当たり@二千円であった。
長尾は溝川をそれぞれ、アールマインドと神洋の窓口からはずす事により、銀行内で、必要不可欠となったレンダース情報取得価格の値上げに成功している。
両社ともタダ同然で仕入れた情報を富士銀行に何十万件も売り続けた事に成る。
アールマインドは一社でその恩典を受け、神洋は弟が経営しているサラ金と子飼いの部下が経営している会社にその利益配分を行っている。
おそらく、両社長ともこの価格について、見直しを強いられる事を一番恐れていたに違いない。
その為の保険金が長尾の懐に直接入っていたわけである。
通常の贈収賄でこれだけ長期にわたり、多額の現金が流れた話は聞いた事が無い。
その原資は全て両社が暴利を貪り続けたレンダース取得で得た物である。
● アールマインド、神洋の二社を両立させることによる甘い汁 ●
同じ機能を持つアールマインドと神洋が存在したことは長尾に取って甘い汁を吸う温床となった。
そもそも二社を富士銀行が採用したのは、アールマインドの業務の正当性を確認する為であったと聞く。
大きな業務分担は不動産担保案件に関しては神洋、無担保ローンに関してはアールマインドと住みわけが出来ていた。
ところが、アールマインドの不祥事が表面化し富士銀行はアールマインドとの取り引き停止を意思決定する。
この時、間に入って二社存続を訴え続けたのが長尾である。
余りに、田村をかばう姿を見、市場開発部の何人かは長尾とアールマインドの関係を疑い始めている。
銀行内によるこの疑惑の目を背けさせる為にも、長尾は数々の工作を図っている。
長尾の努力もむなしくアールマインドと富士銀行は取り引き停止の運びとなったが、個人的に長尾は田村に色々と便宜を図っており、この関係は福岡支店時代も続いている。
業務停止が決定されて直、長尾は同期入社の小舟町支店の課長を紹介し、中国との取り引きに詳しいこの課長を使って、アパレル関連の仕事を田村が手がけようとした事もある。
こんな関係もあり田村からは、先の五百万円以外にも車を始め種々のお礼の品を受け取っている。
田村が言うには現金で五千万円との話であるが、取材の過程では現金で幾らかはつかめなかった。
その点、神洋から渡った現金に付いては、中野一人が皆に隠して渡している、現金以外は、はっきりつかめた。
私も中野の依頼を受け数回現金を渡した事があり、神洋の経理担当者は毎月百万円の現金を長尾に支給していた旨を証言している。
その他にも、仕事を委託する度に現金の請求があった事は言うまでも無い。
最後には神洋の収益を圧迫している元凶は富士銀行の長尾と社長の中野であると、神洋の社員達も騒ぎ出していた。
「顧客の個人信用調査をサラ金系の信用情報センターのデーターを利用しているとの投書もあるが事実を確認する必要がある」 などの問題が提起された、との事であるが、内情を知っている役員も数人居たが、何の弁明もしなかったとのことてある。
ただ、神洋との契約を解除する問題については 「事実を確認してからでも遅くはない」ということで模様ながめとなった。
本来ならば、即解約のケースである。
ある運送会社の社員が、とある金融機関の現金輸送中、お金をそのまま持ち逃げした事がある、この時など全ての銀行で、その運送会社の出入り禁止を我先にと実行した。
役員会の協議事項は、鈴木博道元市場開発部次長 (当時道玄坂上支店長) から神洋の中野社長に通報された。
同年九月に入った富士銀行首脳の動きも微妙な変化が出てきた。
広域暴力団追放のマル暴取締新法の成立が決定的となった直後、司法当局筋の某幹部から 「神洋との継続契約は考えるように」 との示唆が代表役員の一人に届いたとの事である。
端田から引き継いだばかりの橋本頭取は 「与信問題がマスコミに流れると大変なことになる」 と言いながらも・・・、「内部告発なんかあってもね、我々役員は最後まで問題はないといい続けなければならん・・・」 と言い切ったという。
神洋はこの頃から中野社長を中心に茂木専務、ナカノビルの社長、中野明子それに私を含め幹部社員何人かが集まって連日のように協議を続けていた。
「富士銀行はいずれ契約解除を通告してくるに違いない。 はい、そうですかとOKするわけにはいかん・・・」
中野はいつになく緊張した表情で口走った。
「銀行から保証業務を引き受けるについて多くの事業を犠牲にした。
借入金だって五十億円を越えているが返済はどうするんだよ」
専務の茂木は不機嫌な大声を出した。
ナカノビルの社長である中野明子 (利久の妻) は八月三日 (平成三年) 付きの朝刊毎日新間一面トップで発表されたコピーを広げ、呟くように言った。
「神洋に富士銀行は、担保水増しで過剰融資していると大きく報道しているわよ。 銀行がネタを流したんじゃないの。 こんなこと書かれては困るじゃないの」
「解約はそう簡単に受け入れることは出来ないよ。 我々を追放すれば富士銀行そのもののスキャンダルが火を吹くさ。 解約するならそれでも結構じゃないか。 契約期間内の営業保証と銀行業務を手伝うために、それまでの事業を解散した損害金を含めた手切れ金を要求すればいいさ。 それにもうひとつ、融資 (約五十億円) 残高の返済をタナ上げしてもらうことだよ」
当時、神洋グループの陰の参謀役といわれていた私の発言に中野も充分に同感できたのか
「そうだな、たしかに、“手切れ金” という実を取ることだな・・・」
何のためらいもなしに、中野は大きくうなずいた。
中野を含め我々は数日間、銀行側からの解約通告が到着することを想定し、“手切れ金” 要求額の算定にあ−だ、こ−だと密議を続けた。
実際、マスコミに叩かれ、会社内部の実態を暴かれては国税庁、警視庁の目も一段と光ってくる。
本当のところ調査業務というノウハウはもともとなかったんだし、社員の中でもいろんな要求をする者も多くなった、ここらあたりで退散するのがいいという雰囲気になっていった。
中野としての問題点は、今まで数人でやっていた会社、言わばアットホーム的会社経営で事たりていたのに、社員数百名を越すような会社規模となり、マネージャーとして、そのドラスティックな変化に耐えれなく、経営者としての限界を感じていた。
「富士銀行からの解約申し入れは地獄に仏といえるかも知れないな・・・」
中野、茂木ら神洋の役員は、口にこそ出さなかったが肝は固まっていた。
中野は、富士銀行支店長の鈴木博道を新宿区神楽坂の本社に呼んだ。
「銀行で、これまでの業務委託契約を解除するという話しがあるそうだが、一方的に通告されては困るよ。 非公式だが、信頼している支店長にいっておくけど、無一文で追放するということはないだろうね。 この数字は役員会で算出したものだが、支店長も承知のように、解約によってこうむる一切の損失の補填と考えていただいて結構。 キミから頭取に伝えて欲しいんだ」
解約するなら六十億円をよこせ・・・と結論を口にした中野の顔には〈こちらの思い通りに実行させてやる〉と、自信をみなぎらせ、薄い笑いがのぞいていた。
鈴木は戸惑っているようだった。
「私は、支店長といっても下っぱの一行員ですよ。 社長の意向は伝えましょう。 持ちつ持たれつの代償という意味もあると思いますが六十億円も引っ張り出すのはちょいと無理と思いますよ・・・」
鈴木はさりげない顔で中野の表情の変化を凝視していた。
「支店長は、神洋信販の社名をジェー・エム・シー信販に変更した当時の重役さんだったんじゃないか。 頭取の命令でキミは神洋グループの一員として派遣されていたことを忘れては困るよ。 そういう意味でなら持ちつ持たれつの代償として表現してもいいだろう」
中野の言い分は、一種の脅迫のようなものであった。
中野にしてみれば富士銀行を 「新事業の金脈」 にと考えていた矢先の “解約” 情報が舞い込み、それなら手切れ金六十億円にプラス無担保で五十億円の融資を実行させなくちゃと決めこんでもいた。
中野の薄笑いに誘い込まれたかの様に、鈴木もからかい面になって応じた。
「百億円を越える解約損失補填は無茶ですよ。 社長は、三重野日銀総裁がバブル退治を自的に金融引き締めをはじめたことを知っているでしょう。 それに赤坂支店 (架空預金証書による不正融資) 事件だって目下公判で裁かれている。 こんな状況下で節度のない資金を出すことは厳しいな・・・」
神洋グループの正体を知っている鈴木は、中野の無神経な言い分にムーッとして怒りにとらわれたらしく、大声で反論した。
俺はエリート行員という自負からか爆発しかけた憤怒を抑え込んだが、内心、何処の馬の骨かわからない奴が、と気も昂ぶっていたようであった。
● 手切れ金決定までの裏舞台 ●
株の暴落で証券市場は大混乱、その陰で証券各社は延べ百八十七法人の会社に、株の急落による損失補填していたというとんでもないニュースが日経新聞の朝刊一面でトップで発表され証券、金融、産業各界を挙げて大騒ぎになった。
損失補填問題でとくに注目されたのは富士銀行グループであったことはあまり知られていない。
銀行の名は上がらなかったものの芙蓉オートリース、日本橋興業、富士銀ファクター、千秋商事、エフジーエルインベストメントの五社で計三十六億九千万円の補填を受けていたのである。
補填は山一証券から受けたもので、ここに富士─山一の密接な関係が浮き彫りにされてくるわけだが、こうした裏事情に詳しい富士銀本店業務開発部の元幹部は 「住友からの収益トップ奪回を目指し無理を重ねて経営が弱体化している富士銀行の内部事情を知っている山一があうんの呼吸で補填に踏み切ったと思う」 と明かした。
それにもう一つ富士銀行は大きな黒星があった。
「ご存知、昭和の天一坊と呼ばれた小谷光弘 (光進グループ代表) の餌食になった飛鳥建設社長は責任をとって社長を退陣、これが引金となってメインバンクだった富士銀行の端田頭取の首まで飛んだでしょう。
端田は辞任の弁で、小谷事件が直接の誘因ではないといっていたけど、実際は、富士銀行内部には赤坂支店の事件がくすぶっていたのです」
元幹部が指摘したように、端田頭取が辞任した三ヵ月後、七千億円という不正融資事件が火を吹いたのである。
当時、富士銀行の経営陣は、何事もなかったように平静を装い経営障の若返りという名目で端田から橋本に頭取の座がバトンタッチされた。
だからといって橋本頭取はバブルの宴の裏で、節度のないやり放題の指揮をとってきた一人だけに自浄能力があると思えなかった。
債券回収と与信調査の委託会社 「神洋」 の解約をめぐり総務部の西嶋副部長と神洋の直接窓口である塩谷業務開発部長に直接 「よきにはからえ・・・」 といった態度できちんとした指示は与えなかった。
中野は、元市場開発部次長の鈴木を介して 「解約の手切れ金六十億円とその損失を補填する意味で無担保による事業資金五十億円の融資」 を申し入れたが八ヵ月を過ぎても反応はゼロに近く、具体的な話し合いの折渉すらもなかった。
私と中野とに、この八か月の間にトラブルが起こった。
富士銀行を相手に、大芝居を打たなければと思っていた矢先の事であったが、感情的な縺れもあり、しばらくの間音信不通の状態が続いた。
富士銀行と神洋とのやり取りは、専務の茂木もしくは部長の倉本を通じての報告のみとなってしまった。
開発部長の塩谷は、解約金百億円を出せという神洋の意向は鈴木からの報告で知らされていたが、法外な要求に呆れ返り、しばらく放って置けという態度だった。
放って置けという塩谷の胸の内には、神洋の正体を気づいたからでもあるが、大手銀行の姿勢によくみられる 「驕慢」 がときどき見えかくれしていた。
いたずらに時間がかかったのは十一月に入って赤坂事件という大スキャンダルが火を吹き警視庁の捜索、マスコミの取材攻撃に煽られ富士銀行はその対応で神洋との折渉どころではなかった。
だからといって神洋問題を放って置くわけにはいかないために業務開発部と対外交渉役の総務部は連係をとりながら水面化で解決しようとの動きが始まっていた。
その意味では、神洋が要求する意向を読み誤り、たかをくくれば、赤坂店事件どころではない大スキャンダルの火の粉をかぶる恐れもあるからだった。
年が明けて三月から五月 (平成四年) にかけて、鈴木支店長から神洋との折衝窓口として新たに、発令された業務開発部春日川副部長 (その後、伊藤副部長となる) から電話で中野に業務開発部でハジき出した解決資金の一件が伝えられたと言う。
「当行で計算した結果によると精一杯出せる数字は二十億三千万円となりました。 よく検討してくれませんか・・・」
春日川が伝える事務的な説明に、中野は身が震えるように怒りに捕らわれ、その日は一日仕事に手がつかなかったと言う。
さきに要求していた解決金六十億円と五十億円の事業資金の融資の件に一言も触れず、役員からそう決めつけられたと変わりない、にた言いように激しい怒りが吹き出してきたと見え、受話器を叩きつけて皮張りの背に持たれかかった中野は 「問答無用・・・ということか」 と呟き声を上げ続けていたと言う。
この日まで浮かんでいた百億円の札束が幻影となって一瞬に消え去ってしまったのである、がっくり力が抜けてしまい何もする気にならなくなったのも頷ける。
巨額の不正融資事件は迫ってくる八月の株主総会を前に神洋問題をなんとしても解決したいという富士銀行の方針だったと思われる。
こうした裏舞台に、フィクサー役として登場したのが細木久慶だった。
細木の説明では、橋本頭取の御意見番、松沢卓二相談役の話し相手にもなっており、アングラ人脈に強く、中野とも個人的に関係が深い北朝鮮側の在日団体 「朝鮮総連」 に顔が利くという人物らしい。
中野利久は北朝鮮籍で本名を李利久という。
朝銀千葉信用組合の理事を兼ね、北朝鮮へ通じる、ブラックマネーの地下のパイプ役を果たしていると、神洋関係者の中にも噂する人間は多くいたが実態を知る人は少ない。
事実、中野は毎年一度は朝鮮に渡り、金日成・金正日親子と逢い、毎年一千万円を献金している。
こうした複雑な背後関係を持つと思われている中野を相手にするために、フィクサー的役割を果たす細木久慶が登場したことも理解が出来る。
細木と富士銀行との間でどのような交渉が行なわれたのだろうか。
以下は細木本人から、私が直接聞いた話を紹介しよう。
細木久慶と面談したのは富士銀本店の西嶋総務部副部長だった。
本店五階の総務部専用応接室で三回、西嶋の二人だけで話し合いが行われた。
細木は、責任がはっきりしない副部長が応対にでたことに内心不満があったという。
西嶋副部長は名刺を差し出しながら
「私が窓口で御不満でしょうが、頭取の代理としてお話をうかがいます。
小柄な西嶋は顔いっぱい笑みを見せ念を押すように言って胸を張って細木に対応した。
そして急に声を落としてこう付け加えたとの事である。
「実は、私は頭取直系でね、言わば裏総務と言ったところです。 どのような御意見でも頭取に伝えますから・・・、御心配いりません」
頭取直系の行員が総務部に配置されているとは初耳の細木は、詮索しても時間を取るばかりと考え早速用件に入った。
「神洋の相談役である林東仁氏から伺っているが、業務開発部長塩谷さんと中野の交渉段階では、契約解除の解決資金として二十億三千万円を提示されていますね。 今回の解決金額はプラスアルファーを八億円と伺っていますが。 」
「ハイ、何とか総連関係も含めてその金額で納めたいと思います」
「ところで、総務部で主と言われている木村某氏が事件屋宮崎なる人物を使い、林氏に圧力をかけたと聞いたが姑息な手段をなさってもこじれるばかりですよ・・・」
「そのようなことはないと思いますが・・・」
「まあ・・・いいでしょう。 さきほど西嶋さんは頭取の代理とおっしゃいましたね。それを信じて申し上げますが、神洋という会社は社長である中野こと李利久とその実弟である林東仁の二人が実権を持っていることはご存知ですよね。 むしろ中野社長よりも神洋の実質的な創立者である林相談役が、銀行が委託していた債権回収の作戦参謀でありチエ袋という存在ですよ。 サラ金系のレンダース資料を分析、保管の責任者も林相談役だったということはご存知ですね。 そこで解約にともなう損失補填金問題ですが提示されている二十億円は中野氏、プラスされた八億円は林氏に支払う。 一応、この方法であれば中野社長と関係の深い朝鮮総連とも円満にコトが進みます。 その点は、私が責任を持ちましょう。 勿論、林氏が所有している、公開できないレンダースの秘密書類は残らず銀行にお渡しできるでしょう・・・」
損失補填金額が折り合いつけば秘密書類は残らずお渡しできると細木は相手の顔を直視した。
「補償金や解約上の詰めは業務開発部長にやらせて頂きますが・・・」
そう言いつつ湯のみに手を伸ばした西鴫はフッーと言葉を変えて
「ともかく、細木さんのご意見は、神洋のお考えと受け止めてよろしいですね。 早速、塩谷部長へも勿論ですが、頭取にも伝えることにします。 なるべく早く回答致しますので、少し時間を下さい。 各役員の了承も取らなければなりませんから・・・」
西嶋の力んだ説明を一応信じることにして細木は一回目の交渉を終え引き上げた。
と初回の富士銀行との交渉経緯を細木は赤坂の料亭に私を呼び自慢げに報告した。