論談:二階俊博運輸相周辺の怪文書、永田町に流れる
(平成11年12月7日)
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自自公連立政権潰しの怪情報は、「加藤紘一、山崎拓サイドから流されている」と言われているが、これもその一つか。
連立の功労者、二階俊博運輸相(衆院和歌山3区・自由)周辺の怪文書、永田町に流れる。以下、その全文----。
連立の功労者の新運輸相二階に地元の自民反発
犬猿の仲、和歌山の連立事情
自民、自由、公明の三党連立内閣が発足し、運輸相に自由党国対委員長の二階俊博(和歌山三区)が就任した。連立に尽力した功績が入閣の主な理由だとされている。
だが、中央政界では連立の立役者でも、肝心の二階の選挙区では、連立どころか、自民と自由が深刻な対立関係で多くのアツレキを生み、二階に対する自民の怨念は強まるばかりだ。
地元の自民党県連幹部は、「自自の仲を引き裂いたのは、むしろ二階だ」と息巻き、連立にソッポを向く。元々、和歌山県政界は、参議院、衆議院選と、自民、自由が競い合ってきた。自由党の一区選出の元防衛庁長官中西啓介は、以前、新進党の選対委員長だ。
二階も党国対委員長の前は選対委員長だった。自らの選挙も含め、共に各種選挙の陣頭指揮に立ち、自民候補に挑戦してきた関係から、両党の仲にずれが出るのは当然だが、連立後も仲直りできない事情とは一体、何なのか。自民党県会議員は「ケンカを仕掛けたのは二階だ」と、ある「事件」を挙げた。
事件とは、連立の動きが軌道に乗り掛かった去る七月二十四日夜、二階後援会らが中心となり、連立をアピールする「頑張れ!自自の集い」を田辺市のホテルで開き、約千人を集めたことを指す。集いについては、自民党県連には相談も、通知もなかった。
自民党県連事務局に問い合わせが相次いだため、県連では、わざわざ「集いは県連とは無関係」と党関係者に通知する騒ぎに発展した。しかも、この集いには、当時、国対委員長の二階が、一緒に連立を話し合って来た自民党国対委員長の古賀誠衆議院議員(福岡
七区)を来賓に招いている。席上、二階、古賀共々、「連立に頑張ろう」と、挨拶して
いる。
選挙地盤の他の二か所でも集いを開いたが、納まらないのは、頭越しに党幹部を呼ばれ、無視されたと感じ取った自民党県連側だ。しかも、二階は、その以前、古賀の地元の福岡市で開かれたダイエーホークスの王監督激励会に共々出席して、古賀の顔も立てている。
自民党県連幹部は、「まるで、国対委員長同士の選挙事前運動で、連立に名を借りた談合や」と怒りを隠さない。この自自の集いに反発したのは、地元の自民党紀伊田辺支部(広瀬谷夫会長)だ。早速、集いに対抗して、九月四日夜、同じホテルで、「明日の和歌山──自民党と語る夕べ」を開催。
こちらの方はゲストに綿貫民輔・自民党元幹事長、玉沢徳一郎・同党筆頭副幹事長、脇雅史・参議院議員と、地元選出の世耕弘成参議院議員を招いた。語る夕べの開催目的は、あくまで集いに対抗するためなので、主催者側は、来賓の綿貫ら党幹部に対して、「連立のことは一切、口にしないでほしい」とクギを刺した。地元の自民党県議十人が馳せ参じ、千五百人が集まった。
ところが、語る夕べの開催時期は、ちょうど総裁選の最中だ。来賓らは、いずれも小渕陣営に属していて、小渕支援に格好の場として世間では受け止めたようだ。
ある中央紙の地方版は、「総裁選の応援演説に党幹部遊説」などと予告報道をして、主催者から「総裁選とは関係ない。あくまで二階の集いに対抗する大会や」とクレームまでつけたという。
このためか、古賀ら来賓は、総裁選の焦点となる連立問題はいっさい避けて、「小渕内閣の支持率は高くなりつつある。小渕さんは、ぼきゃ貧ではない、たいした指導力だ」などと、演説し、地元の自民党の健闘ぶりにもエールを贈ったりしていた。
一方、地元の来賓には、選挙区の党県会議員十人が参列した。全員が、今春の統一地方選後に結成された県議の親睦組織「亀の子クラブ」(町田亘会長)に所属するが、このクラブの名の由来は、二階後援会のシンボルマークの「ウサギとV」に対抗する「亀」という徹底した反二階ぶりだ。
冒頭、亀の子クラブ会長の町田(元県議会議長)、は「われわれの会は、二階代議士のウサギに対する亀だと解釈しても結構だ。大体、二階代議士は、連立を口にしている最中の統一地方選で、われわれを蹴落とすべく、自由党公認を各選挙区に立てて、挑戦してきた。
当然、われわれは自自連立などに協力はしない。自民党県連や地元県議に何の相談もなく、自自の集いを勝手に開くなど失礼だ。党中央が連立候補を立てるなら、自民党県連で対立候補を立てて徹底的に戦う。だれでもよい。当選させて見せる」と、ぶち上げ、満場の拍手を浴びた。党県連幹事長、県議会議長も同じトーンで自由党や二階を批判して気勢を上げた。
このように、和歌山県に限って、連立が困難な背景にいろいろな要因があるのも事実だ。まず、党県連会長の岸本光造代議士(二区)は、山崎拓派に属し、連立には否定的とも言える。さらに、県政界の熾烈な選挙情勢にも一因があろう。
和歌山県の国政の担当は、現在、自民二(衆参各一)、自由三(衆二、参一)、公明一(衆一)だ。二階と同じ地盤で前回衆議院選で敗れ、比例区で当選した野田実は、秘書の違反で連座制で失格している。野田陣営では、秘書の違反は二階に嵌められたと指摘する。
田辺署で、秘書の公選法違反の取り調べで、取り調べの担当刑事二人と、野田側の弁護士が司法取引をして、秘書が違反を認める代わりに不起訴とする約束を交わしたが、反古にされ、起訴された上、連座制に持ち込まれた。
ところが、大阪高裁まで持ち込まれた連座制で野田が不利に立たされた最中、取り調べ担当刑事の上司である田辺署幹部が、退職後、二階と行動を共にする熱心な二階派だとの情報をキャッチして、「司法取引は失敗だった」と歯軋りしたという。
実は、自自の集いに反発して自民党と語る夕べを開催した自民党紀伊田辺支部は、昨年夏、野田がテコ入れして組織したという因縁話もある。野田と二階が戦った衆議院選で、二階が自民党田辺支部の有力者を抱え込んだという情報が駆け巡り、支部の動きもにぶかったと感じた野田陣営が、選挙後、組織の立て直しを目的に紀伊田辺支部を組織したのだ。
市内に二つの支部組織が存在するのは全国的にみて、自民党では例が少ないのではないか。県議による亀の子クラブは、ほとんど野田陣営に属していた。クラブ員十人のうち、現職も含めて県議会議長を二人が経験している。いずれも、二階との抗争で、政治的な怨念を持つと考えてもおかしくない。
また、和歌山県での自自の勢力関係は、参議院選和歌山選挙区(地方区、定数一)は、55年体制以降、16連勝を続けてきた自民が、98年夏の参議院選では、元法相前田勲男(四期当選)が、自由公認の若い新人鶴保康介に大差で敗れた。
前田は中風を患い、よろよろとして選挙戦に望み、落選時、弱々しく落選の無力を詫びた。テレビに写る常勝前田の無残な姿は、県内の自民党支持者の涙を誘った。その後の元文部大臣、世耕政隆の死去に伴う補欠選挙では、世耕の甥の世耕弘成が後継者の位置を確保した。
これで、参議院選に関しては、自自が*勝*敗の戦績だが、国会議員全体の議席では自民が劣勢に置かれたといえる。新運輸相の二階に対する反発は、連立によって、国政選挙で現職優先の方針が確立されることによる地元の自民劣勢の固定化に対する抵抗と言えないこともない。(敬称略)
終わり